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福岡高等裁判所 昭和48年(う)265号 判決

被告人 村中義信

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐藤義行、同松本昌道各作成名義の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、次のとおり判断する。

一、弁護人佐藤義行の控訴趣意第一点について、

原審第二回公判調書中証人渡部明の供述記載によれば、同人作成名義の申述書に記載されている新富ゴルフ商会(渡部明)がタカネ商事株式会社から仕入れたゴルフクラブ用バツグの月別の規格、数量、金額は、昭和三七年七月から同三八年一二月までの分については、現金で簿外仕入れをして正規の記帳がなされていないため、当時存在したメモ及び当時の取引実績に徴し、同人の記憶でこれだけは間違いないだろうという最も控目にみた数字を計上したものであり、また同三九年一月以降の分については、仕入帳の記帳に基づき計上したものであることが認められ、その証言によれば「私が書いたものを何かインチキを書いたように言われていますが、ただほんとうのことを書いた。」というものである(六三八丁)。

他方、被告人は昭和四〇年六月九日付質問てん末書において、渡部明の右申述書などを通覧したうえで、その記載内容が間違ない旨供述しており、また検察官に対する供述調書において、右の申述書につき「各月別、規格別ということになると、私もはつきり判りませんが、総数量としては、大体その位あつたと思います。」と述べているのである。

以上の証拠に徴して考えると、原判決が渡部明作成名義の申述書の記載内容を措信できるものとして、これに基づきタカネ商事株式会社が新富ゴルフ商会に販売移出した本件ゴルフクラブ用バツグの月別の数量、金額を原判示のように認定したことは相当と認められる。その事実認定に誤りはなく、また原判決には所論の理由のくいちがいもない。論旨は理由がない。

二、同弁護人の控訴趣意第二点および第四点について、

関係証拠によれば、被告人はタカネ商事株式会社の下請業者村田和夫、同会社々員高橋務および同田村惇を名目上の代表取締役とする有限会社東邦産業の各名義をもつて、荒川税務署長に対し、物品税第二種物品ゴルフクラブ用バツグの製造開始申告書あるいはその製造業譲受申告書を次々と提出し、そしてゴルフクラブ用バツグの移出に関し、昭和三七年七月分以降同年一二月分までは村田和夫名義をもつて各月毎の物品税納税申告書を提出し、かつこれに対する物品税計三三万五、一六〇円を納付したこと、次で昭和三八年一月分以降同年一二月分までは高橋務名義をもつて同じく各月毎の物品税納税申告書を提出し、かつこれに対する物品税計一〇二万七、七二〇円を納付したこと、さらに昭和三九年一月分以降同年八月分までは有限会社東邦産業の名義をもつて同じく各月毎の物品税納税申告書を提出し、かつこれに対する物品税計二一六万六、〇〇〇円を納付したこと、従つて本件に関する昭和三七年七月分以降昭和三九年八月分までの間における被告人が三者名義をもつて納付した物品税の総額は三五二万八、八八〇円であること、以上の各事実を認めることができる。ところで、本件について既に最高裁判所第三小法廷が判断したとおり、物品税法の採用する申告納税制度は、法定の納税義務者に対し、その課税内容を知悉する者として、法律の定める手続に従つて、一定の要式により、できるだけ正確な課税内容を申告することを期待する一方、この納税申告に対し、原則として、既に国家と納税義務者との間に成立している納税義務の確定という公法上の効果を付与し、この確定した納税義務を前提として、これに応じた納付を予定しているのである。そこで、私法関係と異り、法的安定性、法律関係の明確性の要請が強く支配する租税法のもとにおいて、納税申告がこのように納税義務の確定という公法上の効果の発生をきたす要式行為であることに思いを致せば、納税義務者本人が第三者名義でその納税申告をすることは、法の全く予定していないところであり、これが外観上一見して納税義務者本人の通称ないし別名と判断できるような場合でない限り、納税義務者本人の納税申告として、その納税義務の確定という公法上の効果は生じないものと解するのが相当であり、この納税義務の確定なくして有効な納付をなし得ないことは、論をまたないところである。従つて、右のように、被告人がした本件村田和夫ら三者名義の納税申告は、これが外観上一見してタカネ商事株式会社の通称ないしは別名とはとうてい認めがたい以上、これを目して納税義務者たるタカネ商事株式会社の納税申告として法的効果は生じないというべきであり、これに応じたその納付分もまた同会社の納付と目し得ないといわなければならない。

従つて、逋脱税額の算定上、被告人が三者名義で申告納税した分は控除すべきでないとした原判決の法令の解釈は正当として是認できる。

また所論のように、被告人は、前示の村田和夫ら三者名義で申告納付した分がタカネ商事株式会社の申告納付として法律上有効と誤信し、このため右納付分につき脱税の意識がなかつたとしても、これはいわゆる法律の錯誤に過ぎず、右納付分につき脱税の事実の認識を欠いたものとして故意の成立を阻却するものではないと解するのが相当である。

それ故、原判決には、この点について所論の事実誤認もない。論旨はいずれも理由がない。

三、同弁護人の控訴趣意第三点について、

原判決が罪となるべき事実認定の証拠として引用している収税官吏大蔵事務官津田彰作成の被告人に対する各質問てん末書は、国税犯則取締法に基づく同事務官の尋問に対する被告人の供述を録取したものであること、国税犯則取締法には刑訴法一九八条二項と同旨の規定がなく、右各てん末書の記載によれば、同事務官がその質問に先立ち被告人に対して供述を拒みうる権利のあることを告知した事跡のないことは、所論のとおりである。

そして何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障した憲法三八条一項の規定は純然たる刑事手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にはひとしく及ぶものと解されるから、国税犯則取締法に基づく収税官吏の犯則嫌疑者に対する質問には、それが通告処分制度のある間接国税の犯則事件の場合であつても、憲法三八条一項による保障が及ぶものというべきである。

しかしながら、憲法三八条一項は、国家機関の質問において必ず予め供述拒否権の存在を告知すべきことまでも規定したものではないから、国税犯則取締法には刑訴法一九八条二項と同旨の規定がないからといつて、国税犯則嫌疑者に対する収税官吏の質問権を規定する同法一条の規定自体が違憲無効であるとはいえない。従つて、同法が刑訴法一九八条二項と同旨の規定を有しないがために、収税官吏が犯則嫌疑者に対する質問に当つて、供述拒否権のあることを予め告知しなかつたとしても、その質問手続が憲法第三八条に違反する違法なものであるといえないのは勿論、このような調査手続に基づく犯則嫌疑者の供述がそれだけの理由で任意性を欠くものともいえない。このことは調査の進展に伴い事件が同法一四条二項所定の直告発をすべき案件であることが明らかとなつてきた場合における質問においても変りはない。

従つて、収税官吏大蔵事務官の被告人に対する質問てん末書を証拠として事実認定に採用した原審の訴訟手続には、所論の法令違反はなく、論旨は理由がない。

四、弁護人松本昌道の控訴趣意第一点について

原判決の挙示する被告人の検察官に対する供述調書及び、遠藤栄一の質問てん末書によれば、タカネ商事株式会社が株式会社長岡スポーツに対し簿外の現金取引でゴルフクラブ用バツグを販売移出していたことは明らかである。そしてその月別の販売移出数量と金額については、物品が国鉄田端、上野、日暮里、三河島及び隅田川の各駅から小荷物として発送され、国鉄長岡駅からは日本通運株式会社によつて配達されていた関係上、長岡スポーツに配達された小荷物のうちで上野、田端など右五つの各駅発送にかかるものを一梱包につき単価二、五〇〇円の六・五吋のものが八本入つていたとして計算するのが最も控目で正しい移出数量及び金額の把握方法であると認められる。

そこで、原判決の挙示する大蔵事務官竹野隆行他一名共同作成の確認書によつてこれを算定すれば、タカネ商事株式会社が株式会社長岡スポーツに販売移出したゴルフクラブ用バツグの月別の数量及び金額は原判示のとおり認められる。従つて、原判決には所論の事実の誤認も理由不備の違法もない。論旨は理由がない。

五、同弁護人の控訴趣意第二点について

原判決挙示の関係証拠によれば次の事実を認めることができる。

(一)原判示のように、被告人はゴルフクラブ用バツグの製造および販売を業とするタカネ商事株式会社の代表取締役としてその業務一切を統轄していたものであるが、製造業者が同時に販売を行なうと、課税の基礎となる物品の移出数量等が税務署に正確に把握されるので、製造部門を形式的に第三者名義とし、右会社は外観上専ら第三者が製造したゴルフクラブ用バツグを仕入れてこれを販売することを業とする販売会社にすぎないように仮装して、製造業者として右会社が納付すべき物品税を免れようと企て、実際には昭和三七年七月から同三九年八月までの間、右会社の製造場(荒川区町屋七丁目四番二号)でゴルフクラブ用バツグを製造しこれを移出販売していたにもかかわらず、その間、同会社の下請業者村田和夫、同会社々員高橋務および同会社々員田村惇を名目上の代表取締役とする有限会社東邦産業の各名義を次々と藉り、右村田和夫ら三者名義で順次ゴルフクラブ用バツグを製造する旨の物品税第二種物品製造開始申告書あるいは物品税第二種物品製造業務譲受申告書を所轄荒川税務署長宛提出し、かつ右村田和夫ら三者名義の製造期間に応じ、毎月右村田和夫ら三者名義をもつてタカネ商事株式会社が真実移出販売したゴルフクラブ用バツグの数量とは一致しない適当な数量を申告し、その課税標準も右販売価格によらず原材料に管理費および利益を加算した価格を申告し、これに応じた物品税として、右期間に合計三五二万八、八八〇円を納付し、かくしてことさら本来申告すべきタカネ商事株式会社の物品税第二種物品製造開始申告書を所論の税務署長宛提出せず、その間に本来申告納税すべき同会社の申告納税を全然しないで、結局昭和三七年七月から三九年七月分までの各納期限を徒過し、同年八月分についてはこれを徒過する以前に収税官吏に右事実を発見されてしまつた。

(二)なお、タカネ商事株式会社においては、その間に、押収にかかる売上日記帳(符号二)に記帳されている以外のいわゆる簿外の裏取引として、原判示のとおり、マスターズ商会以下七店にゴルフクラブ用バツグを販売移出していたのであるが、被告人はその各取引を少なくとも概括的には認識していた。

以上のとおり認められる。

右の事実関係によれば、実際には製造していない三者名義の物品税第二種物品製造開始申告書等および物品税納税申告書を提出し、かつこれに応じた物品税を納付し、恰もタカネ商事株式会社は三者からゴルフクラブ用バツグを仕入れて他へ販売する販売業者にすぎないものの如くに仮装した不正な行為が、マスターズ商会以下七店との裏取引分も含めた同会社の販売移出したゴルフクラブ用バツグ全価額の申告義務不履行の隠蔽の手段となつていると認められ、その無申告行為(不作為)の結果同会社の裏取引も含めた正当物品税全額の確定が妨げられ、あるいは妨げられんとした(昭和三九年八月分)のであるから、その間に因果関係があることは明らかである。またその逋脱税額に対する犯意についても欠けるところはない。

従つて、原判決がタカネ商事株式会社のマスターズ商会以下七店に対する販売移出分についてもその物品税を逋脱したものと認定したことは正当であつて、原判決には所論の法令の解釈適用を誤つた違法はなく、論旨は理由がない。

六、弁護人佐藤義行の控訴趣意第五点および同松本昌道の控訴趣意第三点について、

記録によれば、被告人は事業を拡張しすぎたために資金ぐりに困り、本件の脱税を決意するに至つたものであること、また被告人は本件直前本件と同じ物品税逋脱の犯則事件で通告処分を受けていることが認められる。これに本件犯行の規模、態様および逋脱税額に徴して考えると、被告人の資産状態や業界における低価販売競争が苛烈であつた点、被告人は収税官吏の調査に対し協力的であつてそこに改悛の情も認められる点など所論の指摘する事情を斟酌しても、被告人に対し懲役八月および罰金二五〇万円、ただし懲役刑については三年間執行猶予という刑を量定した原判決の量刑は、重すぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は刑事訴訟法三九六条によりこれを棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

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